『イノシシからシカへ -意匠からみた縄文社会から弥生社会への変化-』@史跡田名向原遺跡旧石器時代学習館(旧石器ハテナ館) 2017/08/26

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※「ライブ」カテゴリに入れるには毛色が違いすぎやしないかと自分でも思いますが、講演会だってライブイベントには違いない! から問題はない、筈。多分。恐らく。

神奈川県相模原市の旧石器ハテナ館で行われた、井上洋一の講演に行ってきました。
縄文時代から弥生時代にかけての動物をあしらった遺物について、狩猟対象動物の種類・割合はあまり変わっていないにも関わらず、縄文時代はイノシシを用いたものが多く(例:動物型土製品)、弥生時代はシカを用いたものが多くなる(例:銅鐸に刻まれた絵)事を中心に、両者の造形・表現方法、経済活動の違いなどについて聞くことが出来ました。
井上洋一さんは、現在東京国立博物館の副館長で、講演でも触れていましたが博物館のページによると、弥生時代の銅鐸を中心に研究をしているとのことで、今回の講演でも銅鐸から読み取れる情報についての話が多かった印象です。
私は動物型土製品についてちょっと聞いたことがある程度だったので(キノコ型土製品とか何に使ってたんですかね……)、新鮮な話を聞くことが出来ました。

以下、当日つけていたメモを元にした備忘録+感想。

※現在進行系の研究を、素人が匿名でネットに取り上げることについて、大丈夫かなと思うところもあるので、気になった方は実際の文献や展示などに触れてみることを強くお勧めします(記事の最後に、資料に使われていた文献のリストを載せておきます)。
要するに→中の人は頭悪いのであんまり鵜呑みにしないで欲しry

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縄文時代/弥生時代の造形について
縄文時代:
・「装飾」の美(例:土偶、顔面取手の付いた土器等)。ゴテゴテした造形。
・縄文や動物形土製品(イヌ型、イノシシ型)は立体表現(=外側に出る装飾。立体造形物)

これに対し、
弥生時代:
・「用」の美(弥生土器、旧石器時代から用いられている鏃等)。シンプルな造形。
・土器の文様(イヌ型、ヒト型の沈線)は絵画的表現

感想:
縄文時代は三次元世界での表現が中心であったが、弥生時代にはそこからの脱却・二次元世界の獲得があったのではないか? ということがまず示されました。縄文土器にも沈線による文様は沢山あったような……とも思いますが(それこそ、今回の講演資料に載っていた、十腰内遺跡のイノシシ型土製品にも沈線と縄文による文様があります)、明らかに生物を表現したもの、となると確かに外付けの装飾・立体造形物に限られてくるのでしょうか。
冒頭に述べたように、両時代通して狩りの対象としてはお馴染みだったでしょうに、意匠にされる対象が変わっていくことについて興味はあったのですが(それが今回参加した動機でもありますし)、ここから二次元世界の獲得に繋がっていったとする話は(抽象的な考え方の獲得とも言えるでしょうか)、興味深いものがありました。

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二次元世界の獲得
・弥生時代中期〜後期:銅鐸の絵画(動物と建物が多い)。後期には土器に絵画が描かれる例も。
・銅鐸・壺にはシカが多く描かれる。これは稲作との関連が考えられる。狩猟・漁撈も引き続き行われており、魚が描かれる事例もある。魚は卵を沢山生むので、子孫繁栄を願ったものか。
・銅鐸絵画に関して、同じ人物が作ったとされる兵庫県桜ヶ丘4号銅鐸同5号銅鐸に描かれた人物には、丸形の頭と三角形の頭による「描き分け」が見られる。そこに多数描かれるシカは何を表すのか?

感想:
この絵画銅鐸2点、シカの他にもカエルやカメ、トンボと思われるものが描かれていて面白い。
また、頭部の形で描き分けられた人物ですが、丸頭の人物がもう1人を棒で殴ろうとしており、三角頭が棒を持つ丸頭を取り押さえているような絵があります。同銅鐸の別の場所には、丸頭が弓を持ちシカを狩っていると思われる絵、三角頭がイネの脱穀をしていると思われる絵もあり、井上さんによれば、頭の形が性別を表しており、男女間で生業が分けられていたと考えられるとしていました。つまり、先の3人が描かれたエリアは、「不倫発覚→絶賛修羅場中」な光景を描いたのではないかとのこと。ナンテコッタ。

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イノシシからシカへ
・縄文時代・弥生時代の遺跡から出る動物遺体について:陸獣はどちらの時代もイノシシ・シカが多く食べられていた
・しかし、弥生時代の銅鐸には圧倒的にシカが多く描かれている(三重県で発見された磯山銅鐸のように、イノシシとシカが対峙するように描かれた例も)

・縄文時代は狩猟・採集経済:食料としてはイノシシ・シカ両方が重要。だが、造形表現に使われるのはイノシシ
・これは、イノシシが多産な動物であり子孫繁栄の象徴であったことや、人間にとって比較的危険な動物であったことへの「おそれ」などから、神性を持つとされていったのではないか。

・弥生時代は稲作農耕が本格導入される生産経済:シカは田を荒らす「害獣」であった可能性
→奈良時代の史料の援用になるが、
『豊後国風土記 速見郡の条』の記述:田に害を為すシカを戒め、許すことで方策が約束される
『播磨国風土記 讃容郡の条』の記述:シカの血と内蔵を稲に撒くと、苗が生える
これらから、シカは神性のある動物とみられていたことが分かる。
・弥生時代においても、シカは田と関係の深い「豊穣と繁栄」の象徴だったのではないか
・対してイノシシは、家畜化(ブタ化)により、畏れ・神聖視する考え方が薄れていったのではないか

感想:
縄文時代にも、特定の果実をつける木を意図的に多く植えたり、採集した果実の貯蔵穴と思しき遺構もあるので、完全に狩猟・採集経済であったかどうかは議論があるのでしょう。ただ、こちらは「稲作」との連動と、両時代にそれぞれ「畏れ」の対象となった動物に着目した話は、(時代をやや下った史料の援用もありますが)分かりやすい考え方に思えました。野生動物の家畜化(=人が管理出来る状態にする)によって、神聖視が薄れていく、というのも腑に落ちやすいというか。
※上にリンクした東博オフィシャルブログの記事、今回の講演と似ている内容と思っていたら、井上さんが執筆していました。というか、そちらを読んだ方がずっと分かりやすいのでどうかそちらを。

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表現方法の違い
・縄文時代の土器:青森県韮窪遺跡(縄文時代後期)出土の狩猟文土器→弓矢と動物を表現したと思われる装飾。表面に粘土を貼り付ける出っ張った表現(凸の表現世界)
※銅鐸絵画の見た目は出っ張った線で表れるが、その絵は鋳型に刻まれていたもの=沈線のため(鋳型に溶かした金属を流し込むので、結果的に金属側は出っ張ることになる)、制作側としては「凹の表現」である

・弥生時代の銅鐸・弥生土器:沈線で描いた動物(凹の表現世界)
大阪府瓜生堂遺跡出土の甕にはシカが描かれる→種モミを入れる為のもので、「豊作」を願う気持ちが込められているのではないか?

感想:
韮窪遺跡の狩猟文土器は、井上さん言う所の「凸の表現世界」ではありますが、土器の表面における絵画表現と見れなくはない、かな? ただ、狩猟文土器時代の絶対数が少ない点や、(時代・時期は違いますが)現在の相模原市でも見つかっている勝坂式土器には、人の顔の装飾、ヘビカエルと思われる装飾がみられるものが多く、その辺りも考えると、やはり三次元的表現が主流だったのかもしれません。

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新たな時代の到来
・武器を持った人物を描いた銅鐸形土製品(短い柄の付いた銅戈を持った人物が描かれている):頭部の無い人骨埋葬例(佐賀県吉野ヶ里遺跡)などと共に、戦いの存在を示す
・鏡、鉄剣、龍と思われる生物が描かれた土器:中国の文物と共に、その思想も入ってきた事を示す

感想:
この辺、スライド上映のみの写真資料が続いていたので、どの遺跡から出た遺物だったかちょっとうろ覚えで申し訳ないです(吉野ヶ里遺跡における、首無し人骨が出た甕棺は、日本史の教科書などで見た人も多い気がする)。龍の描かれた弥生土器は、東博の過去の特別展ページに写真がある池上曽根遺跡のものだった……はず。そちらの画像は小さいですが、画像検索すれば、分かりやすい写真が出てくるかもしれません。
戦いの存在について話している際、「縄文時代は荒っぽく、弥生時代は穏やかなイメージを持っているかもしれませんが、『やよい』という言葉の柔らかさに騙されてはいけません。……この場にやよいさんがいたらごめんなさい」と言っていたのが印象的でした(笑

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何度か触れたように、取り上げられる動物の違いに留まらず、弥生時代に絵画表現=二次元世界の獲得があったのではないか、という論に触れられたのは非常に面白い。獲得した、というよりは違う文化を持った人達が当時の日本列島に入ってきた、という方が適切でしょうか(恐らく縄文人とは言語も違ったはず)。
良い意味でまだまだ聞き足りないと思えた内容でした。


配付資料記載文献
大阪府立弥生文化博物館 1996『卑弥呼の動物ランド』
西本 豊弘、新美 倫子:編 2010『事典 人と動物の考古学』吉川弘文館

参考
東京国立博物館 研究情報アーカイブズ http://webarchives.tnm.jp/researcher/personal?id=51
猪形土製品/青森県十腰内2遺跡出土 文化遺産オンライン http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/252782
神戸市立博物館 名品撰:古代の神戸 桜ヶ丘4号銅鐸(絵画銅鐸) http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/museum/meihin_new/001-2.html
神戸市立博物館 名品撰:古代の神戸 桜ヶ丘5号銅鐸(絵画銅鐸)http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/museum/meihin_new/001-3.html
1089ブログ 【トーハク考古ファン】銅鐸に描かれたシカ http://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2017/02/17/%E9%8A%85%E9%90%B8FC/
青森県郷土館デジタルミュージアム 狩猟文土器 https://www.kyodokan.com/masterworks_detail/1/92
みたか遺跡展示室 縄文のデザイン 勝坂式土器と蛇 http://www.mitaka-iseki.jp/kikaku4/design_03.htm
2012年度かながわの遺跡展・巡回展 勝坂縄文展 これは、なんだ? http://ch.kanagawa-museum.jp/tenji/maibun/2012/kassaka2012_whatsthis.html
東京国立博物館 - 展示 日本美術(本館) 弥生時代の近畿―華麗なる土器と青銅器の展開― http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1651